あの頃から

さて、本日はあるバンドについて、です。
今や誰もが知ってるバンドですね。




ちょっと前のじんくんを観て、自分勝手なセンチメンタリズムで聴きたくなったんだろう、書きたくなったんだろうと思う。

そのボーカルを観たのは、ずいぶん前。
バンドのボーカルになる前。
テレビでだった。

ご本人がどう思っていたとか、全然わからなくて。
個人的な感想ですけどね。

ご両親のことを、ふせんでピタッといつでも付けられている、そんな様子に、勝手な居心地の悪さを感じていた。
彼自身よりも先に目立つ、その部分の居心地の悪さは、 グループにも続いていった。
(そのグループは、現行の体制が一番いいと思う)


そして、彼は傷だらけになって、消えてしまった。
わたしから見たら、そうだった。

そのあと、バンドをやっているというのは、なんとなしに耳にはいってはいたが。

現行の体制のバンドのボーカルになっても聴くことはなかった。

なんだか、あの頃の居心地の悪さと傷だらけなイメージが邪魔をしていたし、あの頃を知っているから聴く、という流れになってしまいそうで、それはなんだかとっても納得できないことだった。


そして、誰もが知ってるバンドへ。


今度は、流行ってるから聴いておこう、みたいな流れになるのがなんだか…で、聴かずに時間が経っていった。

どこかで少し聴いたことがある。
動画を少し観たことがある。
それぐらいだったけど、急に聴いてみたくなった。


とりあえず、3曲おとし。


まずは、他の曲は違うのかもしれないけど、邦ロックだなぁと、なんだかすごく思った。
まぁ、わける必要はないのかもしれないし。
ちゃんとした知識の人は違う意見なのかも。

でも、邦ロックで海外でも拡がっていて、だったら、なんかその方がうれしい。


ロックも枝分かれしていって。
いろいろなのがあって、もちろんよくて。
だけど、この人のボーカルがそうなのか、バンドからにじんでくるのか、痛みを叫ぶ、理不尽なことへの怒りを叫ぶ、そんなロック本来のらしさを見たような気がしました。

そして、その痛みには、痛みの先にある優しさや許しが内包されている。
だから、深く響く音楽に傷つけられ、そして光を感じる。
(もちろん嫌な痛みではない。)


あぁ、傷つきたかったんだなぁ、と。
なんだかとっても腑に落ちました。
いろいろしんどいと、ただ癒されたい時と、音楽に傷つけられたい時があって。
いっぱい傷ついて、その先の光を見たいんだなぁと。

(じんくんの言葉を聞きたかったのも、同じ理由かも。もちろん、こちらも嫌な痛みではない。)


それにしても、このソングライティング力とボーカル、バックの音のバランス、うらやましい。
どれかが違ったら、こんなに響かないんだから。




この音楽にたどり着くための道として、あの頃は必要だったのかな?




とにかく今は。
すてきな音楽をありがとう。

目の前にある音だけでいいんだよね。